
20年近く前、私はよく池袋で遊んでいた。
学生時代、夏休みには路上で寝ていたこともある。
池袋には屋台のラーメン屋がいくつか出るが、味はそれぞれ違う。
どこの屋台もみんなよい年の親父さんがやっていたが、20年前の当時、一人だけ若い人がいた。目立ってみえた。
そして、そこのラーメンは他と較べて、うまかった。
「こういう人はすぐにお金をためて、自分で店を開くんだろうな」と思っていたが、昨日、会社帰りに池袋を歩くと、まだやっていた。
髪には白いものが混じっているが、確かに彼だ。
何十回と食べたので忘れるわけがない。
若い頃から20年、彼は屋台でラーメンを出しているのか。
屋台が悪いとはいわないが、天候に左右されたり、色々と大変だ。
店主は普通の店舗に憧れたりしないのだろうか?
関係あるのかないのか、屋台についていくつか知ってる話を紹介する。
渋谷区の広尾駅におでんの、わりと大きい屋台。ここの店主は年収で1500万円を得る。四ツ谷のも、かなり儲かっていそうだ。
埼玉の鶴瀬駅のおでん屋台は旨いが会計が適当。儲けはすべて馬や船に消える。
中野に一杯50円だか100円で上等な酒をだす屋台が出る。たまにだ。店主はビルのオーナーで道楽で気が向くと屋台を引くらしい。ここは行ったことがなく、友人の話だから真偽のほどはわからない。
私に経営のイロハを教えてくれた、上場企業の創業者がいる。生身の人間で、彼より賢く、教養があり、自分に厳しく、そして凶暴な男を私は知らない。
彼の祖父は兜町で屋台を引いていた。
兜町は証券会社が集まる街で、隣の人形町は相場の取引所もある。
酔った証券マン(あの頃は株屋といったらしい)たちの会話は、情報の宝庫だ。
男は昼間のんびり釣りを楽しみ、夜は来る日も来る日も屋台を引いてはいるが、本業は別にあった。
10年にわずか2、3回の仕事である。
当時の金で、数億だか数十億だかを動かす相場師が正体だった。
最後に、果てしなく不細工だった、池袋のタコ焼き屋台のまっちゃんについて。彼とは12年前に出会った。
年は私と同じくらいで、カタギではなかった。
話の面白さがただ事ではなかった。
屋台のわきには、いつも若い女性が2、3人いて、たいそう綺麗な娘もいた。
気が向くと、店を手伝ってみたりする。
全部彼女なんだよ、と、まっちゃんは笑っていた。
まっちゃんと仲良くなってわかったが、女性たちは固定ではなく、メンバーはよく入れかわっていた。
まっちゃんは一体、何者で、今は何をしているのだろう。12年前の夏、毎日のように彼と私は、何を話していたのだろう。
もうあまり、思い出せない。



俺も今度池袋に行きたいと思います^^